- 1.在るということ -

私が今、Bouton/忘覚庵に至るまでの大きな一歩には、この小学校の話をしないわけにはいきません。ここは宮若市日吉地区(三ケ畑)にある旧若宮南小学校。2011年の3月に100年の歴史に幕を閉じました。私の娘たちは当時6歳と3歳。お父さんやじいちゃん、ひいじい、ひいばあが通ったこの学校に娘たちは通うことはなく閉校しました。


学校の閉校というのは、その学校の存在と、同時にその地域で生きていく未来を描くことを切り離してしまうような、なんともいえない感覚を持ちました。

子どもたちにこの地域での思い出の記憶を残したいということと、人口が減っていく地域で生きていくことへのなんだかもどかしい違和感が、私の心を埋め尽くしていました。


そんな私の身体を突き動かしたのが東日本大震災でした。


夕方、映像を見て 「私、動かなきゃ」


あの時の感覚は今でも忘れません。目の前には私の大切な人や場があるのに、何に私は躊躇しているんだろう。


それからこの学校を活用して、娘たちに思い出を残すこと、そしてこの学校と地域でできることを模索し始めました。